ずいぶん間があきましたが、「小学校選び 続き」(http://mamaru-vol1.blog.so-net.ne.jp/2009-06-26)の続編です。おや、日付を見れば、もう2ヶ月半が経過しちゃってますね。
この間、私は、もっぱら、「学校ってなんだろう?」「勉強ってなんだろう?」「いい教育ってなんだろう?」という漠然とした問いの答えを探そうとしていたように思います。
とはいえ、その答えは、誰か他人の中やマスコミの世論の中にあるのではなく、きっと私(とパパ、つまり我が家)の中にあるんだなぁ、と思いながら。そして、たぶん答えは出ているんだけど、後は「それでいいのだ」という自分の中の自信、というか確信がほしくて。
結論が出た今にして思えば、悩むより直感、でもよかったかな、とも思うし、周囲の意見も参考にはなったけれども、でも、あくまでも参考で、自分の答えは自分の物差しを確かにするほかないんだよな、と。
まわりの人、特に地域的に近くにいる人の意見は、情報も多いけれど、一方でその人の主観的な物差しに大きく左右されるから、意外なことに、遠くにいる同じような世代のご家庭の全く違う環境と選択の話を聞く方が逆に、自分の大切にしたいことや、選択の答えを、くっきり浮かび上がらせてくれるのが不思議でありました。
で、この間、かなり本を読んでいたわけですが、中でも教育をテーマにするものでは、「フィンランド」と「学力低下」「格差社会」「学校改革」というようなところがキーワードで、以下のような本を読んでいました。
オッリペッカ・ヘイノネン―「学力世界一」がもたらすもの (NHK未来への提言)作者: オッリペッカ ヘイノネン出版社/メーカー: 日本放送出版協会発売日: 2007/07メディア: 単行本
フィンランドの教育力―なぜ、PISAで学力世界一になったのか (学研新書)作者: リッカ パッカラ出版社/メーカー: 学習研究社発売日: 2008/11メディア: 新書
フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書 (0453))作者: 堀内 都喜子出版社/メーカー: 集英社発売日: 2008/07/17メディア: 新書
フィンランド式キッズスキル入門―実践例から学ぶ子育てストレスが軽くなるコツ (学研新書)作者: 佐俣 友佳子出版社/メーカー: 学習研究社発売日: 2009/07メディア: 新書
欲ばり過ぎるニッポンの教育 (講談社現代新書)作者: 苅谷 剛彦出版社/メーカー: 講談社発売日: 2006/11/17メディア: 新書
進学格差―深刻化する教育費負担 (ちくま新書)作者: 小林 雅之出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/12メディア: 新書
学校って何だろう―教育の社会学入門 (ちくま文庫)作者: 苅谷 剛彦出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2005/12メディア: 文庫
格差社会と教育改革 (岩波ブックレット)作者: 苅谷 剛彦出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2008/06メディア: 単行本
検証・地方分権化時代の教育改革 教育改革を評価する―犬山市教育委員会の挑戦 (岩波ブックレット)作者: 苅谷 剛彦出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2006/10メディア: 単行本
杉並区立「和田中」の学校改革―検証地方分権化時代の教育改革 (岩波ブックレット NO. 738)作者: 苅谷 剛彦出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2008/09メディア: 単行本
学力を問い直す―学びのカリキュラムへ (岩波ブックレット)作者: 佐藤 学出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2001/10メディア: 単行本
教育をめぐる虚構と真実 (神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド)作者: 神保 哲生出版社/メーカー: 春秋社発売日: 2008/10メディア: 単行本
教育学、と、社会学、の狭間、ってところですかね。
ジャンルでくくってみると。
こういうとき、新書とか岩波ブックレットっていうのは、手軽でいいですね。
あっという間に読み終えられるし。
岩波ブックレットは割合、根拠が確かな情報が盛り込まれているように思いますし、新書のほうは、それぞれの著者の主義主張が明確に盛り込まれているな、と。
それに比べると、宮台さんの本はもう少しがっつり取り組む必要がある。
これはまだ、口語を文章に起こしたものなので、読みやすいですけどね。
こどもの小学校選びで、こういう本の読み方する人はいないかもしれません。
が、私の場合、一生かけて考えていきたいなぁと思ったのが、教育って何だろう、ってことと、どうやったらこどもたちがみんな幸せに学べるんだろう、ってことだったから、しょうがないんですよね。どうにもこうにも、我が子のケースをある意味きっかけにして、いろいろと本を読んで、それで考えるのがすっかり習慣になっています。
それが、果たして自分の子育てに活かされているか?と問われると、逆に惑う原因になってしまっていたりもするので、必ずしもいいことばかりではないかもしれませんが、でも、最近はその惑いが自分の子育ての選択に直結する迷いではなくなりましたね。前は、例えばおもちゃの選び方、とか、知識がかえって迷わせたなぁ、という気がしないでもない。
もっとシンプルな経験に基づく確信を大事にしてよいのだな、というのも、経験則であります。
また、これまでの惑いを通して自分の中に確かな物差しができつつある、それも、迷わなくなった一つの原因なのでしょうね。迷いっぱなしで方針を右往左往するのはどうかと思いますが、自分の信じる道を確かなものとするために、客観的な意見を道標に物差しを作っていく過程というのは私はとても面白かったです。
それで結論から言うと、我が家は、最寄りの学区域の小規模校にこどもを通わせることにします。
学校の生徒数の多寡やクラス数については、やはりいろんな意見がありましたが、私としては過疎地でもこどもはちゃんと育っているということや、1学年1クラス25人規模というサイズが他と比べたら小規模校、ですが、例えばフィンランドに行ってみれば、それが普通の学校規模、なわけですよね。
近隣地域の学校間で、大規模小規模と比べたら小規模かもしれませんが、全国平均や国際比較で見れば、また違う考え方ができるわけです。よいいい方をすれば「少人数教育で丁寧な指導を!」という声が実現できてる環境なわけですから、ラッキー♪とも言えるかな、なんて。なんだか、先生方も熱心そうですしね。
「競争させたほうがいい」という意見も結構聞いたのですが、私個人は、別に身近な友達と競争しなくてもいいかなーって。例えば水泳、学校で一番になるよりも、自分の中で設定した目標を追いかけて、より高いところに行く方がかっこいいかな、なんて思ったりして。
隣にいる誰かと比べて自分が上だという優越感や戦いではなく、自分の中の壁を乗り越える戦い、達成感のほうが大事だと思うので、競争という点において、私の中では、大規模校か小規模校か、ということはあまり意味のないことでした。
あと、小規模校で熱心な学校だったらPTAが大変だわよ~と言われたことについても、まぁ、家から遠いなら大変だけど近いならなんとか工夫できるかな、と。とりあえず、ぐだぐだねちねちした人間関係はあまり得意じゃないけど、役割分担でふられるような仕事とか学校にかかわることについては、自分としては、嫌いじゃないので、まぁ、適当にこなせるかな、と楽観的に考えています。
もう一つ、気がかりだった放課後のすごし方、という点も、学童保育以外に、学校の放課後開放や夏休みの学校開放がかなり充実していたり、ご近所の方からの「我が家も協力するわよ!」という声や、専業主婦の友人が「えー?なんかうちの小学校は放課後開放してるから、1年生でも帰ってくるの4時とか5時だよ」という話を聞いたり、我が家が通わせようとしている学校について「夏休みも学校開放で先生が勉強見てくれて、プールの時間には行かせてくれるらしいよ。お昼は帰ってくるみたいだけど」なんて話を聞いたりして、なんとでもなるかーと思い始めていて。
確かに最初の1年はかなりドキドキしそうだけど、長男は既に水泳教室では入室から着替え、ロッカーの鍵の管理や退室、その後のジュース購入までひとりでできるし、おそらく、行き帰りの道も自分で迷わず行ける(ひとりで行かせたことないけど)。
となると、平日5日のうち、2回くらい放課後はプールに行きそうだし、残り3日のうち1~2日を学校の放課後開放で過ごしちゃったら後1日なんだよなぁ、と。それで、塾やらそろばん、習字とか、公文とか、なんかわかんないけど、習い事はじめたら、それで終わっちゃうんですよね。
あともう一つ、木の葉さんちの近くの小学校に通えば、放課後や夏休みは木の葉さんちで過ごせる・・・と思ったことについては、一人で木の葉さんちの近くの小学校に行けるのなら、最寄りの小学校に行って自宅にカバンを置いて木の葉さんちに行けるだろう、と。鍵の管理とかも最近はしっかりしてるし、鍵が不安だったら、最悪、ママの職場にカバン置いていけ、っていえばいいかなーとか(甘い?)。
この間の交通事故(http://mamaru-vol1.blog.so-net.ne.jp/2009-09-05)の後、近所にニュース速報が流れたのかと思うほど、顔見知りの方々から、「交通事故に遭ったんですって?!」と言われたり、「いつも挨拶もきちんとするし、横断歩道もちゃんと渡ってるのにな」とか「次男君見てるわよ!」と言っていただいたりしたことを考えると、地域の目があるって安心だなぁ、と思って。
ふと気づけば自分の暮らしている横丁のほか、おうちから保育園までの道すがらのおうちやお店はほとんど顔見知りで、みんなと朝、挨拶しながら通っているんですよね。
子どもが一人しかいなければ「あれ?具合でも悪いの?」と言われたり、本当に皆さん、よく見てくださっている。
物騒な世の中。ランドセルにも防犯ブザーの取り付け金具があるんですね。
でも、よく実家にいるときにあまりにも近所に筒抜けだったり留守のときに自動的に植物に水遣りしていたりするのを見て、「このへんはご近所セコムがあるよね~」なんて笑っていたのですが、我が家の近くにも、そういう安心感があるな、と思って。
もちろん、その安心感はただここに住んでいただけでなく、この7年間くらいの間に少しずつ積み重なって、今、感じられるものなのかもしれませんが、そういう安心感の中にある小学校を選ぶのが、一番、いい選択かな、と最近こころから思うようになりました。
それにしても、やっぱり学校選択制度って意味があるんだろうか?
情報を提供するために学校も役所も仕事も増えるし、印刷物や通信費もべらぼうにかかっている。
そういうコストと、実態を見たときに、選べることがそんなにいいことなのだろうか。
選べないからこそ、多様性が保たれていいことがあるし、その中でも、どうしても、理由があってほかに行きたいという場合には行ける、という可能性はあっていいけれど、全員に選択させるために、ものすごいコストをかけるより、選択しないで行かなくても教育内容が保障されるように、そこにお金をかけるほうが、いいような気がする。
子ども達が安心して学校に通えて、そして学べる。
学ぶことが楽しくて、それぞれが将来進路を選択するときに希望と自由があるように。
あまりにも夢想、理想的かもしれないけれど、わが子たちが大人になった頃には、そんな社会になったらいいなぁ、とこころから願っているのでありました。
http://mamaru-vol1.blog.so-net.ne.jp/2009-09-16