子供の教育

高校受験と学力不振
小学生のうちはともかくとして、中学に入ると学力不振は生徒本人にとってもご父兄にとっても頭の痛い問題になります。
そして、それは学年が上がって、高校受験を意識するようになるとより深刻な問題になります。
成績表に1があったり、アヒルと呼ばれる2ばかりが並んでいると、それだけでもかなり気持ちが暗くなります。
実力テストを受けても、5教科で百点も取れないとなると、入れる高校はないのではないかと心配にもなります。

学力不振の生徒に対して、私が一番気になるのは、成績のことより、そのことによって本人の自己肯定感が著しく低くなってしまうことです。
他人と比較され、評価される今の競争社会においては、学力不振の生徒も、不登校の生徒と同じように深く心を傷つけられていると思います。
小学校の時には性格がいいことで認められていた生徒も、中学に入学した途端に、学校の成績だけで評価されるようになってしまうからです。

一番つらいのは、「教育家族」と呼ばれる家庭に育った子どもたちです。
学校の成績がいい間は親からもかわいがられますが、成績が悪くなるにつれて怒られたり、馬鹿にされたり、見捨てられてしまったりするからです。
先日、“日本子どもソーシャルワーク協会”のシンポジウム「人を殺す若者たち ~秋葉原殺傷事件を考える~」に行ってきましたが、犯人の家庭も教育家族でした。
シンポジウムの論旨は教育家族についてではなく、親子関係に言及したものでしたが、犯人が、親からも周囲からも認められずに、自己肯定感が極端に低くなっていたことは確かなようでした。
誰でもいいから殺したかったというのは、誰でもいいから認めてほしかったということの裏返しだったようです。

いずれにしても、小学校低学年から学校の成績が極端に悪い場合、または、中学までは優秀だったのに高校や大学に入って思うような結果が出せないことで親からの評価が得られない場合(自分の内側から出てきたやる気ではなく、親の評価を得たいがためだけに頑張ってきた子、あるいはよい子を演じなければならなかった子)、その後の人生に暗い影を落としてしまうことが少なからずあります。

過去の私の子育ての経験を振り返ってみても、勉強や学校の成績にこだわった時期がかなりありました。
その当時も、知識を詰め込むだけの学校の勉強なんてたかが知れたもの、またそれと結びついた成績なんてどうでもいいと頭ではわかっていたのですが、その渦中にいた時は、とてもそのようには悠長に構えてはいられませんでした。
まして、高校受験が近づけばなおさらのことで、このまま放っておいたら入れる高校がないと思ったら、じっとしていられずに、毎日必死になって息子の勉強を見るしかありませんでした。
塾にも通わせましたが、何の効果も期待できないと早々に悟ったからです。

ですから、高校受験間近になって、このままでは入れる高校がないと悩んでいるご父兄の気持ちは痛いほどにわかります。
当の子ども本人はどうかというと、どうにかなると思っているのか案外とのん気なもので、それがまた親のイライラを募らせたりもします。
勉強が出来ないのだからやればいいのにと親は思いますが、極端な学力不振に陥っている子どもは何から手をつけていいか、どう勉強したらよいのかわからないのです。
これは不登校の生徒にも言えることですが、頭の中で勉強が出来ないという思いがどんどん膨らんでいってしまうのです。
やり始めさえすれば、やる気にさえなれば出来るようになるのですが、なかなかそのようには考えられないようです。

本題に入ります。
結論から言えば、学力不振の生徒でも、高校受験に対しては必要以上に心配する必要はないと思います。
私立の高校には単願制度というのがあって、他の高校は受験しないでその高校のみを志望するという確約をすれば、学校からの調査書は必要になりますが、入学試験は面接(または、作文も)のみですみます。
すでには単願入試の願書提出は始まっていますし、12月になればいよいよ本格化します。

ただ、この場合にも注意しなければならないことがあります。
入れる高校ならどこでもいいということではなくて、やはり実際に足を運んでみて、自分に合った雰囲気の学校に入ることが大切です。
大まかに言えば真面目でおとなしい生徒にはそれに合った学校、活発で管理されることが嫌いな生徒は自由な雰囲気のある学校がいいと思います。
また、多少成績が入りたい学校に届かなくても、学校に何回も出向くなどして熱意を伝えれば考慮してくれる学校もあります。

私立の学校ではなく公立に行かせたいと思うご父兄は、普通科の高校にこだわらずに専門学科(工業系、情報・ビジネス系(商業系)、農業系)も含めて検討するといいと思います。
過去の入試状況を調べて、定員に満たない高校、競争率の低い高校を選ぶことも一つの方法です。
ただ、その中には荒れている高校もあるので、まじめでおとなしい生徒は通えなくなってしまうことも十分ありうるので、私立の高校を考えたほうがいい場合も出てきます。
また、チャレンジ高校も学校によっては、受け付けてくれる高校もあるのでオススメです。
さらには、学校見学に行って、気に入った定時制高校があれば、そこに進学するのもよいかもしれません。(定時制は年々減少傾向にありますが、入りやすい高校だと思います)

いずれにしても、今は少子化が進んで子どもの数が減っているので、私立でも公立でも定員に満たない高校が存在します。
このような状況では、学校側も何とかして生徒数を確保したいと思っています。
けれど、学校側の本音としては、学力不振の生徒より、少しでも優秀な生徒に来て欲しいと思っているのが実情でしょう。
世の中や、親が、少しでも大学の進学実績のよい高校を求めているからです。
このような状況を踏まえて、どの高校に進学したら、わが子が楽しい高校生活を送れるか、また将来的にも、自己肯定感をもって社会で生きていくことができるかを、真剣に考えることだと思います。

私は知識を詰め込むだけの勉強は大切だとは思っていませんが、自分の頭で考える勉強はとても大切なことだと思っています。
おもしろい事を考えたり、筋道を立てて考えたり、自分の思いや考えや表現したり、今の世の中がいいのか悪いのかを判断できたり、そして何よりも他人とのよりよい関係を築くためのコミュニケーション力を養う事が、特に大切だと考えています。
これらの力がそのまま生きていく力になると思うからです。

とはいえ、目の前の学校の勉強を無視するわけにはいかないので、「家庭塾」では、学力不振の生徒に対しては、小学生には作文で上記のような力をつけ(もちろん、算数も勉強します) 、中学生に対しては、数学は「小河式プリント 中学数学基礎編」(文芸春秋),英語については「英語の文型ワーク 中学1年」(数学研究社)を教材にしてスタートしています。
この教材だと、小学校の段階で授業についていけなくなった生徒にも十分に対応ができるからです。



http://kateijuku.blog.so-net.ne.jp/2008-11-28

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